主夫のぽぽ(@carp0p0)です。
こんな記事を見つけまして。
ちょっと自分と重ね合わせる部分もあったので。
今日もつらつらと書いてみたいと思います。
自分自身の経験 4年前の出来事
紹介した記事、涙無しでは見られない感じでした。
最後の部分、
子どもの成長を近くで見たくても見られない人もいます。自身がそうなって今の大切なものに気づくのはもったいないです。
まさにそのとおりなんですよね。
私に近い人だと知ってる人もいるとは思うんですが、私も4年前に弟を亡くしています。
ずっと野球やってて、私の後をついてきて、私は実現出来ませんでしたが、弟は甲子園にも出ました。
良い仲間も周りに沢山いて、私にとって自慢の弟でした。
事故だったので本当に突然のことでした。
結婚を前提として付き合っている彼女(広島に住んでいた)を紹介するために、当時働いていた福岡から広島に車で帰る途中で…って感じです。
何のことかさっぱりわからないまま、お別れしたなぁって感じです。
んでまあ何が言いたいかというと、当たり前のことなんですが、何するにしても死んでからじゃ遅いよってことです。
乱暴な言い方ですみません。でも本当にそうなんです。
私の大切にしている言葉にこんなのがあります。
我々が生きる今日という日は、亡くなられた方々が夢見ていた明日である
そうなんですよ、亡くなった人は夢見ることしかできなかったんです。
弟のことで言えば、私なんかよりよっぽど子供好きだったので、うちの子たちの面倒もよく見てくれました。
結婚して子供が出来たら、本当に良い父親になってただろうなって思います。
本人もそれを望んでいたと思います。
でもそれはどうやったって出来ないんです。
逆のことを言えば、私、弟と酒を飲むってこと、したことなかったんです。
私自身も大学のころから実家を出てましたし、弟も就職してから福岡で勤めていたので。
実家に帰っても二人でなんて照れくさい部分もあるし、いずれお互い歳を重ねたらそんなんするのかなぁなんて思ってましたが。
でもそれももう実現できない夢でしかありません。
今年カープ優勝したじゃないですか。
そんなんも喜び合いたかったなぁとか思うわけですよ。
当たり前のことは当たり前じゃない
最初に紹介した記事も、私の弟のことも、当たり前ですが周りの誰しもそんなことになるなんて思っていませんでした。
でもそうなってしまいました。
後悔なんてキリがないことはわかってます。
どうやったってその人がいなくなるのを防げたかどうかなんてわかりません。
だから今の状況を当たり前だなんて思わず、大切にすることしかないんですよね。
今こうしてブログ書いているときに、寝室で腹を出しながら寝息を立てている家族がいることも、むしろこうしてブログ書けていることも当たり前じゃないんです。
なんて改めて気付かせてくれた記事でした。
なんとなくタイトルのように思ったので、今日は自分への再確認も含めて書いてみました。
ということで、今回はこの辺で!
文中で紹介した、私が大事にしている言葉が書かれていたのはこの本です。